REPORT 008
2017.12
がんビタミンC療法
がんの治療や再発予防の目的で、日本では多くの患者が「高用量ビタミンC療法」をうけています。
しかし欧米では、この治療法は実施されていません。
それどころか、「治療」として実施するとサギ罪で医師免許をはく奪されます。
なぜでしょうか。
ビタミンCは人の体内で合成できない、生命維持に欠かせない成分です。
1日の必要量はおよそ100mg(=0.1g)。高用量ビタミンC療法では、その100〜1000倍にあたる10〜100gを週に2度ほど点滴します。
料金は1回が2〜3万円ですから、月20万円を超えることが多いようです。
投与されたビタミンCは、体内で変換されて腎臓から排泄されます。それが尿路につまると「急性腎不全」が生じます。
21世紀になってビタミンCが注目された理由は、米国の「国立衛生研究所(NIH)」の研究者が発表した論文にあるようです。
培養細胞にビタミンCを加えると、がん細胞は死に、正常細胞は影響を受けなかったというのです(Proc Natl Acad Sci USA 2005;102:13604)。
この論文を根拠に、日本人医師たちは、ホームページに「超高濃度のビタミンCは正常な細胞に影響を与えず、がん細胞だけを殺す、副作用のない理想的な抗がん剤です」と書いて患者を集めているのです。
しかしこの研究は、試験管内での話です。
がんに限らず「試験管内や動物実験では有望。患者に使うと落第」というたぐいの話は、これまで山のようにありました。
その反省に立って今日、新規の「クスリ候補」は、患者を対象とした「比較試験」で「プラセボ(偽薬)」と比べ、それより優れていることを証明できて初めて、クスリとして承認されます。
しかし、その論文の発表以降、ビタミンCとプラセボとを比べた比較試験は実施されていないのです。なぜか?
比較試験を開始する前に実施が義務づけられる「少数の患者での試行」で、パッとした結果が得られないからです。
つまり「患者に使うと落第」なのです。
もうひとつの理由は、高用量ビタミンC療法が比較試験で否定された過去にありそうです。
いきさつがユニークなので、紹介します。
米国に、ライナス・ポーリング博士という、医師ではない科学者がいました(1901-1994)。
ノーベル賞を2度受賞した偉人です(1954年に化学賞。1962年に平和賞)。
その彼が、がんにビタミンCが効くと言いだしたのです。
そしてポーリングは、ある病院の医師と共同研究し、「がん患者の寿命が高用量ビタミンC療法でのびた」という論文を発表しました。
比較試験ではないため、学問的な信用度は最低レベルでしたが、ポーリングの華やかな経歴ゆえに社会的な反響はものすごく、患者が殺到しました。
他方で、米国を代表する大病院である「メイヨ—クリニック」の医師らが、比較試験を始めました。
対象となったのは、大腸、胃、すい臓、肺などの末期がん患者です。
図1が論文として発表された試験結果で、高用量ビタミンC群が実線(60人)、破線がプラセボ群(乳糖を投与。63人)(N Engl J Med 1979;301:687)。
高用量ビタミンC群とプラセボ群の生存曲線は、ピッタリ重なっています。
これでは「高用量ビタミンCは無効」と評価するほかありません。
ポーリングはこの結果に大いに不満で、「メイヨ—の医師は間違っている」と公言しました(同誌 1980;302:694)。
そこでメイヨ—クリニックは、別の比較試験を始めました。
今回の対象は全員が大腸がん患者で、肺や肝臓などに転移がある末期がんの人たちです。
図2が試験結果で、実線が高用量ビタミンC群(51人)、破線がプラセボ群(49人)です(N Engl J Med 1985;312:137)。
今度は、プラセボ群のほうがむしろ後半、長生きする人が多くなっていました。
これで「ビタミンCは効かない」ということで一件落着、と思ったら、ポーリングはなおもメイヨ—クリニックの医師らを攻撃しました。
結果として、世間からはその態度が「偏執的」とみなされ、評判を落とし、ポーリングはさまざまな地位や名誉を失いました。
そういう経緯から、欧米では現在、ビタミンCを「治療」としてがん患者に投与すると、医師免許をはく奪されるわけです(ただし手順をふんだ「研究」は許される)。
これに対して日本では、医師に対する規制はないも同然。白衣を着ていれば何でもやりたい放題です。
それで高用量ビタミンC療法という名の「サギ療法」がまかり通っているわけです。