近藤誠がん研究所

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治療の真実を知ろう!

近藤誠
重要医療レポート

REPORT 010

リンパ節を切除しても
がん死は減らない

胃、肺、乳腺などに生じた「がん細胞」は、数をふやして「がん初発病巣」になるとともに、その一部が「リンパ管」に入って周辺の「リンパ節」にたどり着くことがあります。

これが「リンパ節転移」です。

リンパ節転移を放っておくと肺、肝臓、骨、脳など「他臓器」へ転移してしまう、というのが日本での定説です。

リンパ節は、がんの「中継基地」だというのです。

そのため手術では、がん初発病巣だけでなく、周辺にある「リンパ節」を10~数10個、ゴッソリ切除します。

これを「リンパ廓清(かくせい)」といいます。

なお乳がんでは、試しにわきの下のリンパ節を1~2個切除して、顕微鏡で転移の有無をしらべる「センチネル生検」が盛んに行われています。

これは本稿でいうリンパ廓清ではありません。

しかし、センチネル生検にひきつづきリンパ節をゴッソリ切除すればリンパ廓清です。

リンパ廓清は、痛み、神経麻痺、排尿・排便の困難、頑固な下痢など、ひどい後遺症をもたらします。

そのひとつが「リンパ浮腫」で、リンパ管がブチブチ切られてしまうため、リンパ液の流れが悪くなり、組織にリンパ液が溜まって腫れてしまうのです。

乳がんのリンパ廓清では最悪、腕が丸太のようになり、子宮がん手術では、脚が象のようになることがあります。

でも外科医や婦人科医は、「リンパ廓清で中継基地を取り除けば、臓器へ転移するケースが減る」「治る人がふえる」として、リンパ廓清をどしどし実行しています。

しかし実は日本の手術医たちは、リンパ廓清の効果を調べたことがないのです。

どのがん種も半世紀以上前に、試験や調査をしないでリンパ節廓清が始められ、現代まで同じ手術法を続けてきたのです。

見方をかえれば「因習」です。

これに対し欧米の手術医のあいだには、1970年代以降、リンパ廓清の効果を実際に確かめてみようという機運が生じました。

それで乳がん、膵がん、子宮体がん、胃がん、皮膚のメラノーマ(悪性黒色腫)など種々のがん種で、手術法の比較試験が行われました。

初発病巣を切除するだけのグル―プと、リンパ廓清までするグループに分けて、治療成績を比べたのです。

結果はどれも同じでした。「リンパ廓清の効果は認められなかった」のです。

肺や肝臓などの他臓器に転移が出現する率も、患者たちの生存率も、リンパ廓清によって改善しませんでした。

ですから、リンパ節が中継基地だという考え方は間違いです。

それどころか、治療成績が悪化した試験もあります。

たとえば子宮体がんです。

英国をふくむ4か国、85の病院で、ステージ1の子宮体がん(がんが子宮内にとどまっている)1400人を①子宮全摘グループと、②子宮全摘 + 骨盤内リンパ廓清グループに分けて、手術しました。すると死亡数は、

【死亡数】

子宮全摘 88人
子宮全摘+リンパ廓清 103人

と、リンパ廓清群で15人増えました。

また手術後に膣、骨盤内、肺や肝臓などに再発する率も、

【再発数】

子宮全摘 75人
子宮全摘+リンパ廓清 98人

と、リンパ廓清群で23人増えています(Lancet 2009;373:125)。

この成績をグラフ化したのが、下の図です。

図1 子宮体がん1期の比較試験結果。再発がなく、かつ、生きている率を示す。Standard(黒線)=子宮全摘のみ。Lymphadenectomy(赤線)=子宮全摘+リンパ廓清。

グラフの横軸が手術後の年数で、縦軸が「再発がなく、かつ、生きている」率を示しているので、リンパ廓清をしないほうが成績良好であることが分かります。

リンパ廓清をすると成績が悪化するのはなぜでしょうか。

レポート⑦「手術をすると、がんが暴れる」で、ひそんでいた転移が手術をきっかけに活性化することを紹介しました。

この比較試験でも、リンパ廓清をきっかけにして、ひそんでいた転移細胞が活性化したのでしょう。

とするとリンパ廓清をしなくても、子宮全摘をすれば、ひそんでいた転移細胞が活性化しだすケースがあるはずです。

じつは、がん放置患者をおおぜい診てきた私の経験では、ステージ1の子宮体がんの場合、手術をしないでいても、がんで死ぬ人はいません。

それなのに手術を受けると、子宮全摘だけでも前掲グラフのように1年、2年といった短期間内に再発し死亡する人がいるのは、子宮全摘によって転移が暴れだしたためではないのか。

日本の手術医は、欧米の比較試験で否定されたリンパ廓清を、いまも一所懸命つづけています。

欧米の比較試験を知らないのでしょうか。

いえ手術医は、欧米の一流医学雑誌に載った論文のことはよく知っています。

現に前掲比較試験は、「日本婦人科腫瘍学会」が発行した「子宮体がん治療ガイドライン」に載っており、手術を担当する婦人科医なら知っているはずなのです。

彼ら、彼女らがリンパ廓清をつづけているのは、手術が自己目的化しているからでしょう。

そう考えないと、後遺症がひどく、死亡率を上げるリンパ廓清をつづける理由が説明できません。

「こんなに手技が複雑で面白く、やりがいのある手術をやめられるか」「患者たちが不幸になるのは仕方がない」というのが本音でしょう。

日本の患者さんたちは、手術医の達成感の犠牲者であるわけです。

近藤誠

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